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新・わが青春の秋葉原 - 昔語り 2日目 -
935:11/25(水) 23:37
おいらはIBMセレクトリックタイプを使ったリコタイパーの
ジャンクを手に入れて遊んだ。
100本500円で買ったダイオードでマトリクス作ってコード
変換してASCIIを印字した。
あのキーボードのキータッチ、メカニカルなリアクションは
絶品だった。
936:11/26(木) 00:31 [sage]
>>935
俺の知り合いにそのタイプのソレノイド・マシンを企画開発してたエンジニアがいた。
大型からミニコンまでよく知ってるできたエンジニア氏だったなあ。出たてのMZ80B
にFDDつなげて遊んでるとか言ってたっけ。まだ「レタークォリティ」なんて言葉が生きてた時代。

>>933 省20
937:11/26(木) 22:17 [sage]
なんか昔の”PC”以前の話に(笑)。

これって後に端末の標準(?)になったVT100よりも昔の話?
(電算機と無縁な学生生活だったんで、VT100の実機触ったことないけど)。
938:11/27(金) 10:49 [sage]
ウィキペディアによると、VT100は1978年、ASR-33は1963年だから、
15年の開きがある。
939:11/27(金) 23:51 [sage]
d。

正直驚き。
せいぜいブルーバックスの安田三部作のちょいまえ頃だとおもってました。
940:935 11/28(土) 04:30
ASR33はバイト先のNC工作機のI/Oになっているのを見たことがある。
紙テープに落とした命令をを工作機に読み込ませていた。
結構、大きな動作音を立てていた。

最初の会社入って、ミニコン(懐かしい言葉)の端末でVT100と
カシオ?のASR33互換機でタイピュータってマシン(インクジェット?)を 省15
941:168,409 11/28(土) 09:07 [sage]
>>938
ASR33は80年代の始めでも現役バリバリの通信端末だったよ。特に時差が絡む
国際通信が必須な企業では。ピンクと白の複写紙ロールに受信文を印刷してみたいな。
マイコン/FD/CRTの登場でワングとかが画面編集できる高級端末とかに置き換えられつつ
結局G3FAXが一般化する過程で絶滅した。テレックス・サービスは2002年まで存続したみたいだけど。
省8
942:11/28(土) 09:09
>>939
安田三部作というと、77年〜80年くらいかな。TK-80の登場は76年暮れで、Appleの創業が77年夏。
75年〜77年の頃って、Intel、Motorola、RCA、Fairchild,NationalSemiconductorみたいな半導体大手
が評価・トレーニングキットを続々と世に問うていた頃。

とりわけ印象に残っているのがSC/MP。ナショセミのCPUだけど、SC/MPの安い評価基板を 省21
943:11/28(土) 09:11 [sage]
>>940
ASR33はカレントループ接続なのだと思う。具体的にはよく知らないけど。SC/MPの評価基板も
カレントループだったし。というか、カレントループは速度を出せない代わりにノイズに強いので、
マシンノイズの著しいFA環境ではよく使われていた。某ベアリング製造会社の工場の製造機器
のリモート管理もカレントループなんだと設計者から教えてもらったことがある。
省17
944:11/28(土) 18:04 [sage]
>>941
90年代後半、というか世紀末にテレックスで吐いた紙を
スキャナで読んで電子データにするってのをやった
なんて馬鹿馬鹿しい事だろうと思った
1-AA
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大人の分別ある関係を構築