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英語式語順は自然な思考の順番に反する
86:05/25(月) 03:36 0 [sage]
>>43
でもな、
「私が、バットで、ボールを、あの看板の方へ、打ちこむ」
という内容だと、
日本人でも、
 私、バット、打つ、ボール、看板  省12
87:05/25(月) 03:45 0 [sage]
動詞というのは極端に抽象化されやすい語彙ということを念頭においてな。

英語圏でも支那語圏でもいい、述語動詞が目的語に先行する種類の言語圏で
生まれ育った人を二人、予め、同じ言語の一次話者を揃えてそのことを双方に
伝えたうえで、「回す」「打つ」「覗き見る」「愛する」をジェスチャーで
言い当てさせるようなことをやってごらん。 省8
88:05/26(火) 21:14 O
なんだかなぁ、、、
もう一度ソシュールを“読み”直したら?

89:05/26(火) 23:48 0 [sage]
>>86
「看板の方を指差し、ボールを持つ動作、バットを持って打つ動作、私を指さす」の順にならない?
ボールがそんなに後のほうに来るのは考えにくいなあ。打つ動作よりもボールが先だと思う。
90:05/27(水) 01:12 0 [sage]
>>1
>「この結果は、言語は思考から独立しているということを
>ほとんど証明している」とGoldin-Meadow氏は言う。

ジェスチャーの認識が言語よりも速いという前提でのみ有効な論理だね。
しかし、ジェスチャーは思考を直接的に反映したものと言えるだろうか? 省14
91:05/28(木) 00:40 0
>>90
ジェスチャーによる伝達順序が言語によるそれに先立つと仮定しない場合にも、
この調査結果がその構造主義的仮説に疑問を投げかけたとは言えるのでは?

身振り手振り及びイラストによる表現の伝達順の規則が言語よりも実際の思考に
近いかどうかはたしかに別問題であって、この調査ではなんら実証されていない。 省18
92:05/28(木) 00:55 0 [sage]
>>90
> 構造主義的見地に立てば、むしろ言語によって体系化された思考を、発話をせずに相手に伝える手段の一つにすぎないと言えるだろう。

構造主義という言葉が使われているので、ちょっと付言しておくと。
その種の言語(ロゴス)中心主義的発想は、構造主義という概念とイコールではない。
少なくともフランス系の構造主義は、言語中心主義を唱えるわけではない。
93:06/03(水) 07:13 0 [sage]
「ボールをバットで打つ」まで一ワードに抱合してしまう、身振り語でやる人も
あるからな、バット・ボール・打つ は割と近くにまとめてなら、この三つは順番は
結構バラバラになるだろう。
看板を先頭にもってくると、「看板のところで」になってしまわないか?
ここからボールを打って看板の方へ飛ばす、のときには、後ろにくるだろうよ。

94:06/03(水) 15:51 0 [sage]
それでも基本的なOVの順番は保たれているからな。

A 「ボール」→「バットで打つ」
B 「バットで打つ」→「ボール」

Aの順番で伝える人が多いということだろ? VO言語圏の人もAで伝える人が多いと。 省10
95:06/04(木) 01:57 0 [sage]
それはOVでなくて、一つのVなわけよ。
「打つ」の単独では抽象的過ぎて、身振りでは表しにくい。
寧ろ、V抜きで、「私」「バット」「ボール」「看板」という名詞、看板にかかる
「あっちの」という修飾辞を看板につけているだけ、という、「打つ」に相当する
部分を省いた名詞だけの構文と言ってもよいものだ。
1-AA
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