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太平洋の西側は中国が支配したほうがいい
175:09/26(土) 00:38
 1949年10月1日、蒋介石の国民党との内戦に中国共産党の毛沢東が勝利して、中華人民共和国が成立した。この日、北京の天安門広場で毛沢東は閲兵式を行ったが、国民党に反対して八路軍に参加した劉善本師長は、
隊長機に乗って飛行編隊群を指揮して天安門上空を飛び毛沢東の検閲を受けた。この飛行により中国の人民空軍部隊の存在を世界に示したのであった。

 瀋陽でも、この日同様な式典が行われたが、林少佐も隼戦闘機に乗り、他の日本人教官は九九式高等練習機を操縦して検閲を受けた。この時林少佐はまるで「ブルーインパルス」のように多くの曲技飛行を披露している。又、牡丹江の航空学校では、
所有する100機以上の飛行機が地上に並べられた。国民党軍から捕獲した米空軍のP-51戦闘機や、AT-6、セスナ機なども並べられたが、まるで旧日本軍の飛行機が勢ぞろいした格好であったというから、なんとも奇妙な風景?であったろう。

林少佐が参加し、1946年3月に創設された「東北民主連軍学校」は、1949年10月に中華人民共和国が成立したときには3年半を経過していたが、約160名を養成、後で14名の女性操縦士も養成されたという。これらの学生達は空軍創設のため、
或いは増設された航空学校の教官として、さらには朝鮮戦争の発生とともに実戦部隊の指揮官として活躍したのであるが、そこで英雄的な活躍をした張積慧,鄒炎などは林少佐が最初に教育した「甲班」「乙班」35人中の一人であったという
。又、同時に多くの整備士をも養成した。
「『中国空軍の友=林弥一郎先生とその同志たち』は以上で終わっている」と新治教授は書いているが、その後の経過を教授が集めた資料から更に発展させているのでそれもご紹介しておこう。


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ゆ◎/り◎/明◎/佑◎/キラ◎