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川端康成とか三島由紀夫のおすすめ作品
1:05/10(木) 22:00
おせーて
384:11/08(日) 11:50
しかし冒頭の「みんな」には、会社員である清一郎が意図的に挿入されていない。清一郎は一番俗世に混じって
生活している人物で、日本だけではなくニューヨークに住んでいる時も問題なく仕事環境に溶け込める。
しかしその能力は世界崩壊を固く信じることから来るものと言うべきである。
「鏡子の家」の完璧な構造では、鏡子が友人たちを追い出して自分の家を“閉める”という経緯が作品の
結びとなる。つまり小説の終わりと“家の終わり”が一致するのである。
そして冒頭と同じく、光子と民子はつまらなそうに「仕方なし」に銀座の美容院に行く。 省13
385:11/08(日) 11:51
収は本物の鏡に映るとほっとするが、鏡より肉体を強く感じさせる女性と出会った時、その人間的な鏡と
死ぬことを決意する。
夏雄は自分の絵におのれを投影する。それゆえ、絵が描けなくなった時、一旦自分を見失う。
峻吉は力を自分の鏡とする。しかし喧嘩で手を怪我して拳闘ができなくなると、自分の鏡である力を右翼の
青年団に入って使う。
鏡子は自分を皆の鏡であると思いながら、他人を自身の鏡として使う。最後に娘と互いに映しあう鏡遊びで、 省15
386:11/08(日) 11:52
個性的であざやかな表現が多いので、翻訳する側はそれをうつし変える困難を何とか切り抜けなければ
ならないが、作者の力量や熱意がページごとに感じられる。
古典文学を翻訳するとき、イタリアの読者に伝えにくい雰囲気、理解しがたい習慣等がある。
しかし「鏡子の家」の場合、そのような難しさはなくて、例えばサルトル、モラヴィアを読んだ者には
感じやすい倦怠感もあり、場面がニューヨークになっているページもあるし、それほど遠い文化が感じられる
ところはないと言える。 省14
387:11/15(日) 01:30
バカは簡単な説明をさも難しく説明する。
簡単に説明すると君は「つまらない人間」です。
388:11/15(日) 06:00 [sage]
>>369
確かにw
世渡りの秘訣だな
389:11/15(日) 13:42 [sage]
そこじゃないだろ(笑

390:11/26(木) 11:18
目前の汚れた小さな水たまりに目を奪はれて、お前も海の水の青さを疑つてはならないぞ。
どんな世の中にならうとも、女の美しさは操の高さの他にはないのだ。
男の値打も、醜く低い心の人たちに屈しない高い潔らかな精神を保つか否かにあるのだ。
さういふ磨き上げられた高い心が、結局永い目で見れば、世のため人のために何ものよりも役立つのだ。
人の心はいつかは太陽へ向ふやうに、神がお定め下すつたのだからな。
省9
391:11/28(土) 23:07

――就寝前に恒彦がかう言つた。
「ああいふ男は、いはゆる女好きがするんだらうね」
「どなた?」
「楠だよ」
郁子は判断をためらはなかつた。 省14
392:11/29(日) 00:25 [sage]
そんなことしてる暇があったら本でも読んだら?
393:11/30(月) 14:50
死といふ事実は、いつも目の前に突然あらはれた山壁のやうに、あとに残された人たちには思はれる。
その人たちの不安が、できる限り短時日に山壁の頂きを究めてしまはうとその人たちをかり立てる。
かれらは頂きへ、かれらの観念のなかの「死の山」の頂きへかけ上る。
そこで人たちは山のむかうにひろがる野の景観に心くつろぎ、あの突然目の前にそそり立つた死の影響から
のがれえたことを喜ぶのだ。しかし死はほんたうはそこからこそはじまるものだつた。
死の眺めはそこではじめて展(ひら)けて来る筈だつた。光にあふれた野の花と野生の果樹となだらかな起伏の 省11
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